古代ギリシャ世界への旅 2005 (copyright Akihiko Matsui)

 

 

6日め

 

ミコノスは夏にはヨーロッパ中の若者で溢れかえるギリシャ有数の観光地である。われわれが訪れた4月末は本格的な観光シーズンを前にして、家々の壁を白く塗る作業がそこここで見られた。観光客もほどよく、天気も暑すぎもせず上々である。

このミコノス島の西側にちょこんとくっつくように浮かぶのが今回の旅の最大の目的地デロスである。神話によれば、レトがゼウスの子を身ごもったとき、自分の子供よりも立派な神が生まれるというお告げを得た正妻ヘラは嫉妬にかられ、レトがお産する場所を与えないよう、島という島、陸地という陸地に命じる。ヘラの祟りを恐れた島々はレトを拒む。そのとき、唯一お産の場所を提供したのがデロスである。デロスは、レトの姉妹でゼウスの愛を拒んだためにうずらに変えられてしまったアステリアの変わり果てた姿であった。そのデロスで7日7晩にわたる陣痛の後に産んだのが、日の神アポロンと月と狩の女神アルテミスであった。 

一説によると、そのときまで浮島だったデロスはこのときポセイドンのはからいで海底に固定され、その周りに他の島々が集まったという。キクラデス諸島の語源はキクロス+デロス(デロスを囲むもの)だそうで、地図を見ると確かにそういうふうにも見える。南北に細長い島の中央には方角によっては乳房のように見える海抜150mほどのキントス山がそびえている。島全体を遠くから見ると、女性が横たわる形に見えなくもない。

さて、そんなデロスへはミコノスからミニフェリーで30分〜50分。シーズン前ということもあって、フェリーはがら空きである。実はこのデロス島、5年ほど前に訪れようとしたのだが、海が荒れて船が欠航となり、泣く泣くあきらめたという、われわれにとっては因縁の島である。今回は波はあるが、船は順調に進む。次第にデロス島が近づく。島の西側にあるこじんまりした船着場に近づくにつれて、夢に見た遺跡の数々が目に飛び込んでくる。船着場で入場料を払い、帰りの船の時刻を確認して、歩き始める。ここからは想像力が必要だ。

まずはローマの四辻の神コンピターレスのアゴラ(広場)。この神は解放奴隷や奴隷たちに崇められていたらしい。船から降りた人々、船に乗る人々がたむろしていたであろう。背もたれの立派な大理石のベンチやら祭壇もそこここに残っている。そこから神域に向かって、柱廊を両側に見ながら、参道を北へ進む。その突き当たり--といっても今は屋根や壁がことごとくなくなっているので、向こう側も見通せてしまう--にプロピュライア(前門)がある。門の右手には髭をたくわえたバッカスの像が立つ。前門を「くぐる」と、いよいよ神域である。ここには一つの大きな神殿があるというよりは、いろいろな国の人々が建てたアポロンの神殿が並んでいる。ナクソス人が建てた集会所。隣にデロス人やアテナイ人が建てた神殿が並ぶ。

アルテミスの神殿を横に見ながら神域を通過すると、デロス島の写真によく登場するライオンの像が並ぶ「裏」参道に出る。こちらの像はレプリカである。エフェソスの図書館の女神像と異なり、こちらの本物はデロス島にある博物館に陳列されていてすぐに見られる。風化のしかたまで本物そっくりに作られている。

裏参道の北側には富裕層らしい住民の邸宅跡がかなりしっかりと残っている。甕やテーブル、床のモザイクや飾り柱なども見られる。便利な場所に金持ちが陣取るのは今も昔も変わりはないようである。辺りには初夏の花、ポピーやカモミーユ、スターチスといった花が咲き乱れている。カモミーユの香りが辺りに漂う。

マラリアの発生のため埋め立てられ、今では草が生い茂っている聖なる湖を通り、博物館で出土品をじっくり見た後、キントス山に登る。今は瓦礫の山のようだが、昔はいろいろと神殿が建っていたようだ。途中エジプトのイシス神など異国の神々を祀ってある神域を通過するとキントス山への石段である。

キントスの頂からは360度の眺望でエーゲ海に浮かぶ島々が見える。東にはすぐそばにミコノスが見える。古代にはデロスに農作物を供給していたらしい。北には少し離れて、しかし町の家並みがごちゃごちゃと見える緑豊かなテノスの島。山には雲もかかっている。西にはすぐそばにデロスのネクロポリス(黄泉の国=お墓)となったレニアの島が眼下に控え、その向こうに霞むようにヘルメスを祀るシロスの島がある。南はもやでほとんど見えるか見えないかのところにアテナイがヘゲモニーを握る前にキクラデスの盟主として君臨したナクソスの島が見える。この島は、テセウスにおきざりにされたアリアドネがバッカスに見初められた所として名高い。かんむり座はこのとき、バッカスがアリアドネに贈った冠が天に上ったものである。もう一つの話では、アリアドネとテセウスは、ここデロスまでやってきて、共に「鶴の舞」を舞ったという。

もちろん眼下にはデロスの街並みが広がる。発掘が進んでいるのは神域とその周りの中心部のみで、南のほうや北のほうに目をやると、石を積み上げた柵が延々と続いているようすだけが見てとれる。

キントスを下りてアゴラの南側にある「高級」住宅街跡を歩く。さまざまなモザイクや柱で家を飾った富裕層の家がかたまっている。お約束の劇場やホテルもある。

考古学者でないとこの島に宿泊できないため、午後の船でミコノスへ戻り、まったりと過ごす。

 

7日め

 

再びデロスへ。昨日より波は弱め。

昨日回れなかった島の東側に足を伸ばす。こちらまで来る人はあまりいないのか、道も草で覆われ、人に会うこともない。「夏草や兵どもが夢のあと」という芭蕉の句そのままの光景に、洋の東西を問わない無常を感じる。ジムナジウムや住居跡を訪れる。中心部から少し離れているせいか、豪華な雰囲気の邸宅跡は見られず。共同炊事場のような跡もある。デロスとミコノスの間の水道にはヨットが浮かんでいる。エーゲ海の青さが薄茶色のミコノスを背景に際立つ。

   

 

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